小説 昼下がり 第七話『冬の尋ね人。其の二 』



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『冬の尋ね人。其の二 』平原(ひらばる) 洋次郎
  【血の系譜〔告白〕】(三十三)
 オンドルの温かさが部屋を覆い尽くす。
 啓一は外の庭を観ながら、静かに瞑想
(めいそう)に耽(ふけ)、まだ見ぬ待
ち人に心は高鳴った。
 数分もするとお手伝いさんに両脇を抱
えられるように、ゆっくりとした足取り
で部屋に入ってきた。
 ポニーテールの彼女も一緒だった。そ
して彼女は啓一の傍(かたわ)らに座っ
た。
 「遠い所を良く来てくれました。啓一
さんと云いましたね。ご苦労さま」
 秋子の母。
 見事なまでの白髪が印象的だった。
 背筋をぴんと伸ばし、啓一の真向いに
正座した。小柄な身体だが、風体(ふう
てい)には威厳が感じられた。
 韓国の伝統茶である「柚子茶〔ユジャ
チャ〕」を嗜(たしな)んだ。
 庭は日本庭園の出立(いでた)ち。
 調和のとれた石造りが、落ち着いた雰
囲気を醸し出している。
 一定間隔で聴こえる、「鹿威(ししお
ど)し」の音が、啓一の心に落ち着きと
和みを与えてくれた。
 「いい庭ですね。安らぎを感じます。」

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 「そうですね。見ての通り、家の外観
は韓国式ですが、庭だけは日本式で統一
しようと思いましてね」
 ゆっくりと、噛み砕くように話す言葉
の端々には教養が表れていた。
 「さて、啓一さん。何からお話しまし
ょうか。
 あなたにはすべてお話するようにと、
秋子に云われています。
 あなたのことは、秋子からの手紙で詳
しく知らされています」
 啓一のことを見抜いたのか、それとも
安心したのか、瞳がおだやかになった。
 「ところで啓一さん、足を崩してくだ
さいな。話は長くなりますのでー」
 啓一は正直、正座していた足が痺(し
び)れつつあった。
 助け舟にホッとした。
 「私の名は李(イ)ウンスク。日本名
は白石由美。今でも夫の姓を名乗ってい
ます。今、チョゴリを着ていますが、も
ちろん、れっきとした日本人です。
 私の夫すなわち、秋子の父親の白石勇
二が北方戦線で亡くなったのが、二十年
八月の下旬頃だったと訊いています」
 そう云うと、由美の目頭(めがしら)
は潤(うる)んだ。

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 「夫の死の真相、真実を知ったのは、
それから数年後でした。
 京城(ソウル)の治安部隊で大佐とし
て任務していた夫は二十年六月、関東軍
の国境守備隊一個連隊長として、ソ連と
の最前線へ転属となり、内モンゴル・ハ
イラル方面の警備にあたっていました」
 由美は啓一の眼をじっと見つめ、やわ
らかな笑みを浮かべた。
 「啓一さん、退屈ですか?」
 「いえ、とんでもない。その類(たぐ
い)のことは多少なりとも知っています。
 日本は八月十四日に、ポツダム宣言を
受諾しました。
 にも関わらず、その後も国境を越えて
攻め入り、暴虐を尽くしたソ連軍の国際
条約を無視する非道には憤慨します」
 啓一は一気に喋って落ち着いたのか、
柚子茶を口にした。
 啓一の左隣に座るポニーテールの彼女
は微動だにせず、正座まま二人の話を聴
き入っていた。
 「そうね。でもソ連を恨むことはない
わ。戦争ですもの。
 武士道を以(もっ)て…なんて、通用
しないわ。彼らにはー」
 外は粉雪が舞い始めていた。

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